『Sunny 第一集』松本大洋 | 砂場

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本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。

Sunny 第1集 (IKKI COMIX)
Sunny 第1集 (IKKI COMIX)
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松本 大洋
小学館 (2011-08-30)


松本大洋は新作ごとに新境地を切り開く。どの作品も方向性が違うから優劣をつけることはできないが、この『Sunny』は松本大洋の新たな代表作となることは間違いないだろう。今までも一話ごとに残る余韻は他のマンガよりも大きかったが、今回の余韻は尋常ではない。はやく次の話を読みたいと思っているのに、僕は一話読み終えるとしばらく次のページをめくることができなかった。

第1話
「横浜ってどこにあるんやろ?」
「知らんわ、東京の辺ちゃうか」
第2話
「ドラキュラの爪てなんで長いんやろ?」
「そら切らへんからや」


年に数回だけ親と会える日があるので孤児院というわではないけれど、それぞれ何か理由があって親元を離れた子供たちが暮らす『星の子学園』を舞台とした群像劇。近くに打ち捨てられているSunnyの中でハードボイルドな空想にひたるやさぐれた春男。キラキラしたものが好きで時に他人のものも盗んでしまう無邪気な純平。新入りで本ばかり読んで自分の世界に閉じ込もっている静(せい)。この3人がメインキャラのようだけど、この3人以外を中心とした物語もいくつもある。

第3話
「女子はなんですぐ泣くんやろ?」
「おんなの涙は、ほぼ無敵なんや」
第4話
「大人になったら何になりたい?」
「スパイでレーサーでボクサーのチャンピオンや」


ひとコマひとコマが細部まで描きこまれ、その緻密で独特な背景が世界を浮かび上がらせる。大阪弁のぶっきらぼうな会話、乱暴な言葉づかいの微妙なニュアンスで登場人物たちが絶妙に描き分けられていく。けれど、こんなにもひとコマの情報量が多いのに、『星の子学園』の子供たちがそれぞれどういう家庭環境でここに来たかはほとんど説明されない。子供たちはそれぞれつらい過去を背負っている。何気ない言動や行動からそれは滲みでてくる。そして子供たちはそれぞれ自分たちの将来に大きな不安を抱いている。語られない過去。見えない未来。この『描かれない』ということを『描きだす』ことによって、一話ごとに読者は宙吊りになり、圧倒的な余韻に繋がっていく。

第5話
「夜来て泣きたなったら、どないする?」
「オレ、歌うわ」
第6話
「きょうの晩ごはん、なんやろ?」
「みつこさん、コロッケや言うてたで」


物語は一話完結でそれぞれちゃんと山場がある。けれど、その山場を超えたあと、物語としては完結したあとで、子供たちの日常が数ページ描かれる。そこには過去と未来の間に垣間見える今という瞬間がある。まだ何も終わっていない、まだ何も始まってもいない、そんな今がある。