『タイガーズ・ワイフ』テア・オブレヒト/新潮クレストブック | 砂場

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『タイガーズ・ワイフ』テア・オブレヒト/新潮クレストブック

祖父が死んだ。紛争の爪痕の残る土地にワクチンを届ける傍で、取り乱した祖母からの連絡を受ける。子供の頃、毎日ように祖父と一緒に動物園にトラを見に行った。祖父と過ごした日々。それを思い返すことは自分の過去を遡ることでもあった。祖父と歩いた真夜中の街。わたしにだけ語ってくれた「不死身の男」と「トラの嫁」の話。

祖父はようやく口を開いた。「分かるだろう、こういう瞬間があるんだ」
「どんな瞬間が?」
「誰にも話さずに胸にしまっておく瞬間だよ」
P63

紛争の耐えなかった旧ユーゴを舞台にして、戦時下の混乱を描きながらも、そこに「不死身の男」や「トラの嫁」の物語が入り込んでくる。このありえない存在が物語を鋭く貫いている。(僕はマジックリアリズムがどういうものか理解できていないので、遠野物語のようなイメージで読んでいたが、それほど違和感はなかった。)

今自分が生きている現在と、生きてきた過去。そこに祖父の生涯と、祖父と関わった人たちの人生までも語られる。数多くのエピソードはそれぞれ毛色も違い独立しているようにも思えるが、時代という枠組みや、その土地によって強く結びついているようにも感じる。(この混沌とした物語構造に旧ユーゴの歴史を重ねてしまうのか私の深読みなのかどうか。)

そして「不死身の男」や「トラの嫁」だけでなく、他の登場人物の人生も衝撃的だった。特に祖父が生まれた村での「トラの嫁」と関わることになる人物たち。肉屋。薬屋。クマ狩りの男。書き割りのような脇役かと思っていたら、突如動き出して、激しく生々しいその人生が描かれる。

殺伐とした世界と幻想的な世界は切り離されながらも隣り合っていて、過去と現在は断絶しながらも繋がっている。この世界のどこかで今も「不死身の男」が懐からコーヒーカップを取り出していると思うと、ふっと世界が違ってみえる。動物園に行ってトラの目を覗き込みたくなるような、そんな気分になる。